絶滅寸前のこだわり商品No.6
夏と聞いて連想するものとして、ブタの蚊取り線香と蚊帳がある。
昭和30〜40年代は今よりもかなり蚊が多かった。夕方になると「蚊柱」が
たつほどでしょっちゅうポリポリと手足を掻いていた。
蚊取り線香はまだ絶滅しそうにないし、「金鳥の夏、日本の夏」のCMを見るたびに
「うーむ、今年も暑い夏がやってきたなぁ」と、もはや風情詩になった感もする。
一方の蚊帳はとんと見かけなくなった。御用聞きが登場する時代錯誤の「サザエさん一家」
でも蚊帳は使っていないようだ。
はすぴーがガキだった頃、どこの家庭でも夏になると蚊帳を吊っていて生活必需品だった。
次第に暑くなってくる7月になると、寝ている耳元で「ぷーん」と蚊の野郎がやってくる。
父が「そろそろ蚊帳を吊ろう」といい出し、母は押し入れから引っ張り出して、蚊帳を干す。
そしてその日の夜から蚊帳が登場する(蚊帳デビューと命名)のだが、はすぴーと姉は
妙にはしゃいでしまうのだ。きっとどこの家の子供も同じだったと思う。
蚊帳の天井にゴムボールを入れて、足で蹴っ飛ばしたりよくしたもんだ。
朝になると、毎日蚊帳を取り外し片づけるのだが、そこには「蚊帳の海」が出来上がり
飛び込んでクロールや背泳ぎの真似をして泳いだりした。必ず母から「蚊帳が破れるから
やめなさいっ」と叱られるのだが、目は笑っていた、、、と思う。(たぶん)
蚊帳に入る際には、蚊が中に入らないように素早く入らなければならない。
2〜3回パタパタと蚊帳をめくって蚊を追い払ってから入るのがコツだ。
ぼやぼやしていると蚊もいっしょに入ってしまい、蚊帳ではなく蚊と同居する「虫かご状態」
になってしまい、蚊帳の中で蚊取り線香をたくことになり、その日の夜はマヌケ呼ばわりされ
続けることになる。
蚊帳の中から外側を見ると、ぼんやりと霞がかかっていてそれは妙に幻想的な感じがする。
四谷怪談のお岩さんだって、蚊帳の中でうらめしそうな顔をしていたもんな。(-_-;)
「あの頃」雷が鳴ると子供はおへそを隠してあわてて蚊帳の中に入ったものだ。
蚊帳は麻製品であり、麻は絶縁物として碍子(がいし)に使われており、そのことからも蚊帳
の中に入っていれば安心だというのもまんざら迷信ではなかったようだ。
さて、蚊帳の歴史について調べてみたら、なんと1566年に誕生したとあるではないか。
(織田信長が桶狭間の戦いに勝った6年後)
そういえば、時代劇なんか見ていると、蚊帳の中でお殿様が嫌がる側室を相手に
「でへへ、よいではないか。も少しちこう寄れ」とやっているもんな。(ちくしょう、羨ましいぞ)
はすぴーの記憶のある萌黄染(もえぎぞめ)、茜縁(あかねぶち)のものは江戸時代の頃から
あるらしい。説によれば近江の蚊帳行商西川甚五郎が、ある夏、江戸への道中、緑したたる
箱根の山中で昼寝をしたときの爽快感がヒントになって考案されたらしい。それまでは白の
麻だったが、白は汚れるので萌黄色に染めたところヒット商品となって、これが昭和の時代
まで定着したというのだ。
では、なぜ蚊帳が使われなくなったのか?思い付くまま推測するに、、、
1.下水道が完備されるようになって蚊が減ってきた
2.アルミサッシが普及して、蚊が家の中に入りづらくなってきた
3.クーラーの登場で、窓を閉めたまま寝れるようになった
4.殺虫剤が色々と登場
5.窓を開けたままにして寝ることが物騒な世の中になった
6.団地やマンションでは蚊帳をつる鉤を取り付けられない
たぶんこんな理由から昭和40年代の半ばあたりから、蚊帳が使われなくなったように思われる。
そこで、まず蚊帳が現在でも製造・販売されているのかインターネットで調べてみたところ、
簡単に結論が出た。蚊帳を販売しているサイトは予想外に多く、21世紀に突入した2001年現在
でも販売されていることがわかった。むしろそれらのサイトを読んでいくと蚊帳の利用は徐々に
復活している傾向にあるようだ。
たとえば「閉め切った部屋で冷房をきかせて寝るのは健康に良くない」といったことから蚊帳ファン
が案外といるらしいし、また殺虫剤をやめて蚊帳を使った方が良い、、、なんて言っているアトピーの
専門医さんもいるのだ。さらには「蚊帳は虫を殺さずに身を守る、日本の心だ」なんて主張して
いる人もいたりして、こうなると哲学の世界〜蚊帳の美学に近づいているようだ。(^_^)v
では、30年ぶりに蚊帳の現物を見てみようと思い、京王百貨店の寝具売り場を年明け早々の
蚊帳とは縁のない季節に訪れてみた。(はすぴーの勤務先が新宿なので、いつも京王百貨店が冷やかしの対象となる)
寝具売り場には、和田アキ子を小さくしたようなおばはんが対応してくれた。
はすぴー:あのぅ〜蚊帳を探しているんですけど、こちらにあるますか?
和田もどき:蚊帳とおっしゃいますと、吊るす蚊帳のことでございましょうか。
はすぴー:(そんな丁寧な言葉で話されると緊張してしまうでないか、金鳥の夏と心の中でおやじ
ギャグを呟き)そうです、吊るすタイプのやつで、昔、よくあったやつを。
和田もどき:大変に申し訳ないのですが、この時期には扱っておりませんし、夏でも「お取寄せ」
の対象商品でございます。
はすぴー:あっ、夏でも在庫はないんですか?あまり需要はないのかな?
和田もどき:そうですね、、、ひと夏に出ても3〜4件、、、くらいですね。
はすぴー:パンフレットのようなものとかありますか?
和田もどき:いいえ、特にご用意しておりませんわ、おほほ。
はすぴー:(その、おほほってどういう意味だよ)メーカーの名前、わかりますかね?
和田もどき:たしか、、、西川産業さんだったかと、、、おほほ
はすぴー:(だからその、おほほってどういう意味だよ)あっ、そうですか。どうも。
、、、というわけで、現物を拝見することはできなかったのだが、夏になったら蚊帳を求めて
どこかのデパートでもひやかしに行ってみようと思う。
蚊帳は絶滅寸前というよりも根強いファンに支えられていることと、自然回帰・健康指向の
あおりを受けて地球に優しい蚊帳は文字どおりすそ野を広げていくかも知れないと思う。
そして蚊帳は一つの部屋でふとんをくっつけて寝ることから、もしかしたら「家族の絆」を強める
グッズになっていくかも知れない。
(原稿:2001.1.7)